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名古屋地方裁判所 昭和27年(ヨ)248号 判決 1953年8月18日

申請人 岡田昭三 外三名

被申請人 名古屋造船株式会社

主文

申請人岡田昭三、斎藤勇、松山巖から被申請人に対して提起する解雇無効確認請求事件の本案判決確定に至る迄、被申請人が昭和二十七年二月十九日右申請人三名に対しなした解雇の意思表示の効力を停止する。

申請人後藤俊一の申請を却下する。

訴訟費用中、申請人後藤俊一と被申請人との間に生じた部分は申請人後藤俊一の負担とし、その余は被申請人の負担とする。

(無保証)

事実

申請人等訴訟代理人は、申請人等が被申請人に対して提起する解雇無効確認請求事件の本案判決確定に至るまで、被申請人が昭和二十七年二月十九日申請人等に対してなした解雇の意思表示の効力を停止する。との判決を求め、その理由として、申請人等は被申請人会社の従業員であるところ、昭和二十七年二月十九日同会社より解雇の意思表示を受けた。右解雇の理由は、申請人等が同会社の人員整理者選定基準(一)考課表成績低位の者(出勤、技能、勤務、協力、人物等)(二)停年後、継続雇用の者に該当するというにあるが、申請人等はいずれもこれに該当しないから右解雇は無効である。なお申請人岡田昭三、斎藤勇、松山巖はかつて昭和二十五年十一月二日被申請人会社より解雇の意思表示を受けたのでその効力を争つて同会社を相手方として名古屋地方裁判所に対し解雇無効確認の訴を提起したところ、昭和二十七年一月三十日被申請人は右解雇を撤回し右申請人三名を同年二月十一日より就業せしめる旨の訴訟上の和解が成立したのに就業期日より、旬日を出でずして更に本件解雇を受けたものであり、これは解雇権の濫用であつて無効である。解雇が無効であるのに被解雇者として扱われることにより申請人等は回復し難い損害を受けているので本申請に及ぶと陳述し、被申請人主張事実を否認した。(疎明省略)

被申請人訴訟代理人は、申請人等の申請を却下するとの判決を求め、答弁として、申請人等主張事実中、申請人等が被申請人会社の従業員であつたが昭和二十七年二月十九日申請人等がその主張のような理由で解雇せられたこと及びこれよりさき申請人岡田昭三、斎藤勇、松山巖の三名が昭和二十五年十一月二日被申請人会社より解雇せられ、その効力を争つて訴訟係属中昭和二十七年一月三十日右解雇を撤回する旨の和解が成立したことは認めるがその余の事実はすべて争う。被申請人会社は鋼鉄造船、修理を目的とし創業以来十年に過ぎない会社であるが、敗戦による経済界の激変に遭い経営が危殆に頻したので、昭和二十四年秋には企業合理化による企業再建計画に基き約三百五十名の人員整理をなし、更に昭和二十五年十一月には企業防衛の必要から従業員中常に煽動的、破壊的言動をなし他の従業員に悪影響を及ぼし業務の運営に支障を来たす者または業務の運営に協力しない者約二十名を解雇し、更に経営責任者の交替等も行つて労使一体企業再建を図つて来たものであり、前述の申請人岡田、斎藤、松山、三名に対する昭和二十五年十一月二日の解雇は右企業防衛の必要から行つた解雇に該当するのである。併し乍ら被申請人会社がわが国造船業界で占める地位は所謂中位であり、最近造船業界では造船修理の受注が一流造船所に集中して了うので、これらの業者に伍してその企業を維持していくためには更に一層の企業合理化のための人員整理が必要で、これを被申請人会社の現状について検討してみると間接人員の構成比率が他社に比して著しく高率であるため、新造船、修理ともに工事費高となつて採算が成り立たず、ここに申請人主張の如き人員整理基準を設けて申請人等を含む従業員約百十五名の整理を実施したのであり、申請人等はいずれも右人員整理基準に該当するものである。加うるに申請人岡田、斎藤、松山の三名は前記訴訟上の和解によつて就業することになつたのであるが、解雇前の職場では同人等を必要としなかつたので厚生課寮係を命じたところ、同人等はこれを不服として就業せず再三の勧告にも応ぜず遂に業務命令を発したのにこれにも応じなかつたもので、このような行動と同人等の過去の考課表成績等を慎重に考慮に入れ人員整理基準該当者として本件解雇をなしたものである。なお、同時に解雇せられた約百十五名中本件申請人等を除いてはすべて被申請人会社の現状を了解して円満裡に勇退したのであると陳述した。(疎明省略)

理由

一、申請人等が被申請人会社の従業員であつたところ、昭和二十七年二月十九日同会社より解雇の意思表示を受けたことは当事者間に争がない。被申請人は解雇の理由として同会社の人員整理の整理者選定基準(一)考課表成績低位の者(出勤、技能、勤務、協力、人物等)(二)停年後、継続雇用の者に該当すると主張し、申請人等はこれを争うので検討することとしよう。

二、先ず、申請人岡田昭三、斎藤勇、松山巖の三名について考えるに、同人等が昭和二十五年十一月二日被申請人会社より解雇せられ、その効力を争う解雇無効確認の訴が当庁に一年有余係属していたところ、昭和二十七年一月三十日右三名に対する解雇を被申請人会社において撤回する旨の和解が成立したことは当事者間に争のないところである。そして成立に争のない疎甲第六、第七号証によれば、昭和二十五年十一月被申請人会社では業務の運営に支障を来たす者または業務の運営に協力しない者二十名に対し企業防衛の必要から特別整理を行つたのであるが、右申請人三名に対する叙上の解雇もこれに該当するものであることを窺うことができる。そこで進んで前記訴訟上の和解の効力について考えてみるに、成立に争のない疎甲第一号証に証人西村与三次(第一、二回)、早瀬弘の各証言を併せ考えると、右申請人三名に対する解雇を被申請人会社において撤回する、との和解は、右三名が被申請人会社の従業員たる地位を保有して復職する趣旨でなされたことを窺うことができる。してみれば右和解の成立により、特に和解の対象を右訴訟において問題となつた解雇理由(即ち前記企業防衛のための解雇)に限定するとの意思表示がない限り、凡そ解雇に影響ある過去の事情は当事者双方とも一応これを問題にしない趣旨と解しなければならない。蓋し、一旦解雇を撤回して被解雇者を復職せしめる和解をしておきながら、その雇傭関係を継続し難い新な事情なくして再び和解成立前の事由のみでみだりに解雇することは、その和解の趣旨を全く失わしめるものであり、紛争を繰返すことになり、信義に反するからである。そして右和解においては和解の対象として解雇理由を限定した特約の存在を窺うに足るような何らの措信すべき疎明もないし、また前記証人西村(第一、二回)の証言に証人土井正三、野見軍治の各証言を併せ考えると、右申請人三名は昭和二十五年十一月二日の解雇以来被申請人会社において就業しなかつたため、右解雇前に右三名が属していた担当課長が解雇前の成績に基いて作成した考課表を殆んど唯一の資料として本件解雇が行われた事実を窺うことができるが、かゝる和解成立前の事情のみに基いて再び解雇することは右に述べた如く許されないものと解せざるを得ない。尤も被申請人は、右申請人三名が被申請人会社の配置転換に関する業務命令に違反したりとして之も人員整理基準該当の一資料であると主張するけれども、前記証人西村の証言(第一、二回)証人杉山幸、黒田実(第一回)の各証言及び申請人岡田昭三本人訊問の結果に成立に争のない疎甲第二号証、同第四号証及び右証人杉山、黒田の各証言により真正に成立したと窺われる同第三号証を併せ考ると、被申請人会社は和解の成立により、前記のような趣旨で右申請人三名の復職を認め、昭和二十七年二月十一日より厚生課寮勤務雑役を命じたところ、右三名はこれを不満とし解雇前の原職場(岡田は木工課、斎藤と杉山は船殼課)への復帰を希望して、直に同人等の属する全日本造船労働組合名古屋造船分会を通じて被申請人会社と団体交渉をしていたところ、右団体交渉が充分尽されないうちに一方的に同月十七日厚生課寮勤務に就業すべき業務命令を受け、なお団体交渉に希望をつないで就業を留保していたところ同月十九日本件解雇の意思表示を受けた事実及び右申請人三名が原職場から配置転換された理由は原職所属課長において好ましくないとの意見の表示があつたからであるが厚生課寮勤務雑役は右三名の技倆、経験に照し必ずしも適当ならざる配置であつた事実を窺うことができるところで凡そ解雇を撤回して復職させる和解が成立した以上反対の意思表示があるとか特に合理的な理由があるのでなければ解雇前の職場に復帰させるのを相当とし、使用者もそのため充分の努力をすべきに拘らず、単に所属課長から反対されたからといつて右の如き配置転換を行いしかもその就業命令に違反したことを以て解雇の一事由とすることは、本件解雇が配置転換についての団体交渉中になされたことや、和解成立後僅かに二十日目になされたことに鑑み、著しく信義に反するものといわねばならない。

そして以上のほかには右申請人三名が被申請人会社の人員整理基準に該当するような具体的事実やその他解雇されるに値するような事実を窺うに足る何らの疎明もない。以上の如き諸般の事情と、雇傭関係は継続的な信頼関係でことに労働者はこれに立脚して始めて生活の安定を得られることを考え合せると、本件解雇は権利の行使として是認することができず、解雇権の濫用であると解せざるを得ない。従つて結局右申請人三名に対する本件解雇はその有効なことについて疎明なきに帰着する。

三、次に申請人後藤俊一について考えるに、前記証人西村(第一、二、三回)、野見、土井の各証言及びこれにより真正に成立したと窺われる疎乙第四号証の四、成立に争のない同第一号証並びに本件口頭弁論の全趣旨を綜合すれば、本件解雇当時の被申請人会社の経営状況は被申請人主張の如くであつて企業合理化のため相当思い切つた人員整理を必要としたこと、そこで同会社では前記人員整理基準を設け従業員中約百十五名の解雇を行い申請人後藤もこれに含まれていたこと、同人の考課表成績(出勤成績、作業能力、勤務成績、協力性、人物点)は総得点五十点中三十六点でこれは同人の属する職種九名中下位から四人目であり、ABCD四段階の総合成績中C即ち下位から二段階目の評点がなされていること、及び申請人後藤の勤務振りは積極性、協力性に欠けるところがあつたこと等を一応窺うことができる。右事実に徴すれば、申請人後藤の考課表成績はどちらかといえば低位であり、これは同人に対する評価として一応妥当なものと認めることができる。この点に関し疎甲第十一号証の一乃至六(能率給成績表)には同人の能率給成績につき略々中位に当る評点が記載されているが、前記証人西村(第三回)の証言によれば、能率給は生活給の性格も加味されたものであり考課表とは直接関係のないことが窺われるので右疎甲号証も申請人後藤に有利な証拠とはならず、また前記証人黒田、杉山、早瀬及び証人春木政行等はいずれも申請人後藤の勤務振りに関し同人にとつて有利な証言をなしているが、これは同僚また元同僚としての評価であると窺われるので右証言によつても前示認定を覆えすに足らないし、右認定に反する申請人後藤の供述は信用できず、他に右認定を覆えすに足る何等の疎明もない。

元来労働者の解雇は、それが権利の濫用にわたるとか或は合理的な限界を逸脱するというような事情のない限り、使用者の自由裁量に属するところであるから、以上認定の事実関係の下では申請人後藤に対する本件解雇は適法であると解せられる。

四、以上の次第で、申請人後藤に対する本件解雇は有効であるから同人の本件申請を却下するが、その余の申請人三名に対する本件解雇は無効と解すのほかなく、これを放置して本案訴訟の確定を待つていては右三名にとつて回復することのできない損害を受けることは弁論の全趣旨から容易に窺われるので、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十三条、第九十五条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 成田薫)

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